ロータリー誕生の年に歯車も生まれた
世界中のロータリーの組織を象徴するため考案された歯車は、1905年(明治38年)ロータリー誕生の年に生まれている。
これは、ロータリー最初のクラブの彫刻家であったモンターギュー M. ベアが、シカゴの元気あふれる若い職業および専門職業人の新しいグループの徽章として、簡単にして、かつ素朴な形の車輪を描いて、これをクラブに持参し提供したことに始まるのだ。創設者ポール・ハリスは、モンティーに対し幾つかの試案の提示を求めた結果、ポールはじめ一同が一致して賛成したのが、この車輪である。つまり、車輪は皆に親しまれた象徴であり、車輪は第一Rotateするからであった。
これが今日、襟章として、道標として、カフスボタンとして、ネクタイとして、その他例会の襟章に、壁掛けに、レターヘッドに、その他いわゆるロータリーを象徴する記号として使われている歯車の始まりである。
モンティーの考案のままの車輪は、そのままでは続かず、その後幾多の改良が行われ、これではあまりに簡単すぎるという見地から、モンティー・ベア自身、さらに車輪の下の部分に、雲のようなデザインを加えた。しかし、その後、幻燈のスライド製作者である“Long Tom”Philipは雲の部分をさらに広げてその上にリボンをつけ、これにRotary Clubの文字を入れた。つまり車輪が現実に動いている体裁を整えたデザインにしたのであった。
独自の徽章を考案
この間、サンフランシスコ、オークランド、シアトル、その他のクラブでは、車輪を取り入れて独自の徽章を考案して使っていた。1910年に16のクラブが連合して新しいナショナルアソシエーションを組織したのであるが、定款その他の規定の作成に忙しく、徽章のことに触れる余裕がなかった。
本部はシカゴ・クラブの徽章を何とはなしに使っていたが、1912年ドルースで連合大会を開催するに当たり、本部としてもこのままにはできないので、全体に共通する徽章のデザインを考案するよう、全クラブに呼びかけた。しかし、もちろん車輪を基本的なものとすることに変わりはなかった。
かくして、ドルースの大会においてロータリーは名実ともに国際的になったが、ロータリーは、ここに初めてローヤル・ブルー(濃青色)と金色の歯車を正式の徽章として、制定したのであった。
しかし、その後専門家から、この歯車は技術的に不完全であり、このままでは動かないとの注意が出たので、2人の技術者(ドルースのOscar B.BjorgeとシカゴのCharles Henry Mackintosh)からなる委員会が任命され、技術的に正確に動く歯車が検討された。
楔穴を付け加え完成
この委員会が考案したデザインは1920年正式に採用公布となり、これが今日われわれが親しんでいるロータリー・マークであるが、ただ、ひとつだけ違いがある。それは、前記2人の委員が楔穴(Key way)を見落としたことで、これがないと歯車は車軸からの(または車軸への)力を伝えることができなくて遊んでしまうわけである。かくして楔穴も付け加えられて、歯車は休止することなく今日まで回転し続けているのである。
この歯車に国際ロータリーとしては、一般的な解釈以外に何か特別の意義を持たせているのではないかと、よく問題になるが、公式にいって何もない。しかし古来幾千のクラブが歯車の6つの輻と24の歯に特別の意義を見いだしている。